第 1巻 昭和 4年 2月11日〜昭和 4年12月31日 第 8巻 昭和 7年 7月17日〜昭和 8年 2月 4日
第 2巻 昭和 5年 1月 1日〜昭和 5年 6月12日 第 9巻 昭和 8年 2月 5日〜昭和 9年 1月20日
第 3巻 昭和 5年 6月22日〜昭和 5年 8月 8日 第 10巻 昭和 9年 2月13日〜昭和10年 2月 8日
第 4巻 昭和 5年 8月 8日〜昭和 5年12月25日 第 11巻 昭和10年 2月 4日〜昭和10年11月27日 (その1)
第 5巻 昭和 6年 1月 1日〜昭和 6年 7月31日 第 11巻 昭和11年 1月 日〜昭和11年12月23日 (その2)
第 6巻 昭和 6年 8月15日〜昭和 7年 1月27日 第 11巻 昭和12年 2月22日〜昭和12年12月31日 (その3)
第7巻(欠損) 第 11巻 昭和13年 2月 1日〜昭和13年12月31日 (その4)
第 11巻 昭和14年 1月 1日 〜昭和14年 2月15日 (その5)
【凡例】
1.本書に収めたのは、昭和四年から昭和十四年に至る、田中克己の「詩作ノート兼日記帖」
十分冊(全十一巻うち第七巻欠損)の全てである。
内訳は第一巻、第二巻が一冊にまとめられてゐることを除けば、各巻に各一冊の大学ノートが宛てがはれてゐる。第七巻の欠損理由についてはこれを詳らか
にしない。
校訂は全てこれらの原本及びそのコピーに当たつた。
2.表題は第一巻に「夜光雲」とあり、第九巻に至って「日記」と改められてゐる。 著者名も同様に、ペンネームである「嶺丘耿太郎」が、第八巻からは本名の田中克己に改められてゐる。
3.記載内容については、当時の時代背景に鑑み、又、歴史的及び詩史的資料としての側面を尊重して、原文の保持に努めたものであることを承知おきた い。
4.表記にあたつても原文通りの記載法をなるべく守つた。従つてかな遣ひは勿論のこと、著者の書癖も読者の判断できる範囲でそのまま記載し、 踊り字や、本漢字新漢字の不統一もこれを顧みなかつた。 読み仮名(ルビ)は、著者の附したものについては[ ]内に、編者のものは( )内に新かなゴシッ クで原字の後に附した。 不明字については「※不詳」を、不明な個所には[ママ]を附した。他に、必要と思はれる所には「※」とともに簡単な解説を附し、また散文については読解の 扶けになるやう適宜句読点を補つた。
5.初版「夜光雲」に於る誤植について、「※」とともにゴシックにて訂正致しましたので、 御手持ちの方には検索の上、御手数でも是非書込み頂けますやうお願ひを申し上げます。
【付記】
なほ、今回のテキスト公開にあたっては、初版刊行時において外字を使用したために生じた不具合に苦慮してをります。具体的に申せば、「平」「冬」「緑」
「為」「神」といった漢字部分が半角の空白に化けてゐるかもしれません。意味不明の点でお気付きの向きには、是非とも誤植の指摘ともども校正子まで御一報
下さ
りますと幸甚です。
『肥下恒夫宛保田与重郎書簡』
熊木 哲 [他]編 大妻女子大学紀要. 文系 Vol.26, 183-220p, 1994,03