『宋詩合璧』 (そう
しごうへき)

1849 嘉永2年11月,村瀬藤城編著
慶雲堂版,和綴 22.7×15.9cm 全4冊
初版の好評を得て続編を追補し刊行(著者59才)。

(管理者家蔵)
【[麒](上巻上)】
序:1丁(菅茶山)/ 序:1丁(頼山陽) / 例言:4丁 / 上巻:6丁(1-6)/
續上巻:18丁(7-25)
扉

[序]
濃人源士錦寄此巻索言併寄其詩乞正余抄其中二三首匿名示客問曰是誰作客曰不記問何年時曰宋若元矣乃出示此巻曰詩濃人源士錦近作巻則其手録宋詩蓋其所尸祝尊
奉客吐舌少焉曰有此哉有此淵源而有此流派宜矣使吾眩也称嘆而去客旧具詩眼士錦詩能使其謬鑑可以見其格調之近古人又可以見其有所資而非苟然也因書其事於巻端
備後 菅晋帥
濃人(美濃の人)、源(みなもとの)士錦(しきん:藤城の字)此の巻を寄せ、言を索め、併せ其の詩を寄せて正を乞ふ。余、其の中の二三首を抄して名を匿
し、客に示して問ひて曰く、是れ誰が作ならんと。客曰く、記せずと。何れの年時か問ふに曰く、宋もしくは元なりやと。すなはち出でて此の巻を示して曰く、
詩は濃人、源士錦の近作、巻はすなはち其れ宋詩の手録。蓋し其の尸祝(私淑)尊奉するところと。客、舌を出し、しばらくして曰く、此れあるかな。此の淵源
有りて而して此の流派有り。吾をして眩はしむもむべなるや。称嘆、而して去る。客、もと詩眼を具すも、士錦の詩よく其れを鑑と謬らしむ。以って其の格調こ
れ古人に近きを見るべし。また以って其の有する所の資(たち)、苟然(かりそめ)にあらざるを見るべし。因って其の事を巻端に書す。
備後 菅晋帥(菅茶山)

漁洋貴神
韻、而失之影響。随園主
性霊、而乏於気調。二家於詩、各有短
長。要在後人酌量之而已。二家随筆有
抄宋詩者。亦各従其所好。源士錦合取。参-
観其志。在師学捨短也。世耳食之徒、拠
一家選以概一代詩。如矮人観場従
人後嗟歎。視士錦所為亦可以発深
省矣。夫一宋詩也。選者異。則面貌尽
換如廬山或成峰、或成嶺。士錦兼
正看側看。必得其真面目也。
戊寅秋九月
山陽外史頼襄 題
余、征西途次、得士錦書。再寄此冊請言。今夜自肥入薩。逢
商客赴京者。乃就旅店、抽筆数語、託去。未知能達否。時
窓燈明滅虫声如雨。 襄又識
漁洋(王漁洋)は神韻を貴び、而して之の影響を失ふ。随園は性霊を主とし、而して気調に於いて乏し。
二家の詩に於ける、おのおの短長有り。要するに後人の酌量の在るのみ。二家の随筆、宋詩を抄する者有り。
亦おのおの其の好む所に従へり。源士錦、合せ取りて其の志を参観す。師の学の短を捨てる在なり。
世の耳食の徒、一家の選に拠りて以て一代の詩を概せり。矮人の場を観るに人後に従ひて嗟歎するが如し。
士錦の為す所を視るに亦以て深省発すべく、夫の一宋詩、また選者は異れり。
則ち面貌尽く換はる。廬山或は峰を成し、或は嶺を成すが如く、士錦兼ぬるに正看し側看す。必ず其の真面目を得んと也。
戊寅秋九月
山陽外史頼襄 題す
余、征西の途次、士錦の書を得る。再び此の冊を寄せて言を請へり。今夜肥(肥後)より薩(薩摩)へ入る。商客の京へ赴く者に逢ひ、乃ち旅店に就きて筆を
抽って数語、託して去る。未だ能く達するや否やを知らず。時に窓燈明滅、虫声雨の如し。 襄又識す
凡
例1
凡
例2
凡
例3
凡
例4
本
文01
本
文02
本
文03
本
文04
本
文05
本
文06
本
文07
本
文08
本
文09
本
文10
本
文11
本
文12
本
文13
本
文14
本
文15
本
文16
本
文17
本
文18
本
文19
本
文20
本
文21
本
文22
本
文23
本
文24
本
文25
裏
表紙