【付記】
その後、某書店でみかけた別版です。店主の許可を得て撮影、以下に異同を示します。
刊行年は文久二年(1862)。安政五年(1858)初版の4年後、万延二年(1861)後版の翌年です。中身はまだ後版を踏襲して、梁川星巌が塩田随齋
に書き換へられたままですが、版元の数が7人から10人に増へてゐます。さうしてをかしなことは、見返しに初版のものが使用されてゐることです。この事情
をどう解するべきか。
「安政五年刊行」であることを再びはっきり打ち出してゐるのは、「憚り」が解けかかってゐる証拠かもしれませんし、さうは思ったものの、何刷も終へた板木
本にお金を掛けて新しい見返しを用意するまでもないと考へられたのかもしれません。見返しは色紙ではなく後刷りによくみられる本文紙に刷られてゐました。
(2010.08.10update)