(1747 延享4年 〜 1834 天保5年)
名は維禎、字は士祥。通称を平作としのち秉策と改める。加納宿(現岐阜市)にて造り酒屋(和泉屋)を営む。
少時、彦根藩にあった龍草盧を訪ねて贄を執り、続いて郡上藩に毎年講義に招かれてゐた江村北海を師表に仰いだ。金龍上人、山田鼎石らとともに、“美濃漢詩
壇”と呼べるものをつくった最初の人々である。
現在その蔵書「看雲文庫」はすべて岐阜県立図書館に納められてゐるが、壮年期までの作品を集めた『看雲栖詩稿』
全12巻は全国のどの図書館にも所蔵が確認されてをらず、久しく“幻の詩集”となってゐる稀覯詩集であ
る。(所蔵図書館を御存じの方は管理人までぜひ御一報頂きたく御協力お願ひ申し上げます。)

『看雲栖詩稿』
(かんうんせいしこう)
江戸時代に刊行された版本全十二巻のうち、現存する手稿本六巻を復刻上梓。
1991年(平成3年)11月、宮田孝郎私刊
付録;「看雲文庫目録33p」「宮田嘯台(横山寛吾著23p)」
22.4×15.6cm 和綴帙入
(巻頭に遺墨「桂華楼奉呈山陽先生」を掲げる)

現在所在が確認されてゐない版本の書影
(『加納町史 下巻』加納町史編纂所 , 1954年刊より)
なほ、草稿原本にはこのやうな書付が貼り付けられてゐました。
草稿に頭評した人物の言葉かとおもはれます。
或は江村北海か龍草廬なのでせうか・・・。
【解読】 【解読御協力:岐阜女子大学地域文化研究所 辻公子先生】
詩之評談下シ候様被仰出候者ケ様之物ニ
御座候哉但し尋常初心之詩之通りに
悪点まち度候事哉ケ様ニスレハかく直り
[申]候
[左]候上○三二等相認差下し可申義ニ候得共
[々]御集皆之批評之上ニ而不致候而ハ御集
詩揃ひ不申候故わさといたし不申候以上
【読み下し】
詩の評談、くだし候様、仰せ出され候は、斯様の物に御座候や。ただし尋常初心の詩の通りに悪
点待ちたき候事や。斯様にすれば、かく直り申し候。
さ候うへ、「○三二(※不詳)」等、相ひ認(したた)め差しくだし申すべき義に候えども、[々]御集りの皆の批評の上にて致さず候ては、御集詩揃ひ申さず
候ゆゑ、わざと致し申さず候。以上。